あけましておめでとうございます。この日記も8年目を迎えたようです。ハテナ上では8年目にはなりますが、その前のメモライズを含めますと13年くらいになるのでしょうか。最早ログ等残っていませんが。主に大学に入った頃からくらいの歴史がハテナには残っているようです。良いくくりなのかもな。

今日で18年経った阪神大震災。当時僕は小学生だった。当時の僕はその地震が起こる前から、日本じゃデカイ地震が起こるぞー主に関東だぞーという話を聞いて、地震が来る度に世の終わりを想像していたのだ。怖かったのだ、地震が、とても。そんな最中に起きた阪神大震災。当時の僕は何が起きたのか規模の大きさも分からず唖然としていた。ただそのあとの防災のラジオCMが怖くて怖くて仕方なかった。地震怖いがより強くなった。
その後、僕は関西の大学に行って、震災を目の当たりにして生き残って来た人達を沢山知って、そういう人に出会う度に生きててくれて良かったなと思った。畏怖と感謝で阪神大震災は僕の中でなんだか大きな存在なのである。でもそれってちっさい頃に出会ったよく分からん衝撃故に、自分の中ででかくなってんのかなとも思ったり。

阪神大震災って衝撃的災難で悲しい。やりきれない。怒り。
これは都市がやられたっていう悲しみなんだろか。




311の東北大震災は関東に居ながらも少なからず影響を受けた。瞬間的にだけど。だからと言う訳ではないんだけど悲しいとか悔しいって思いがないんだ。でもそのど真ん中ってどうだろ。
ソレ以外のところでは復興云々いうよりも原発が先立って、悲しいとか怒りとかよりもエネルギーの話が先攻してないかしら。それって都市ではないから?
新潟中越地震から何年経つか、僕は地震が恐いのに分からなかったりする。それも都市でないからなのか。都市概念かなり首都圏で括っててすまんけども。

壊れた対象が明確でないなら大事ではないのか。

東北の人の怒りと悲しみを聞きたい。直に目で耳で。