キテキ

プラネタリウム銀河鉄道の夜を見て以来、汽笛がなんだか妙に感慨深いものになってしまった。梅小路公園の近くに住んでたのもあって、そこまで遠いものでもなかったんだけど。この前鉄道博物館に行って、汽笛を、おもいっきり間近で聞いて、なんだか、なんだか。

色んなモノコトの始まりの合図である汽笛。終わりの始まりだったり、始まりの合図だったり。夢を乗せて歩く合図だったり、果てて帰る合図だったり。終わりの合図にも近いような気がするけど、でも音はどこまでも強く伸びて『まだまだ頑張れるよ』と言っている様にも聞こえる。

同じ時代を生きた訳ではないから多くは語れないけど、今の時代だからこそ見える、聞こえる汽笛の、『まだまだ頑張れるよ、忘れるなよ』という意志のようなものを、幾つになっても聞き取れる様にありたいなぁと思いました。

大宮遠い。